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金沢地方裁判所 昭和42年(ワ)175号 判決

原告

浅ケ谷内次作

被告

宮本義友

主文

被告は原告に対し金二一万五〇〇〇円およびこれに対する昭和四二年四月一三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分しその九を原告の、その一を被告の負担とする。

この判決第一項はかりに執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告「被告は原告に対し金二〇〇万円およびこれに対する昭和四二年四月一三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決と担保を条件とする仮執行の宣言を求める。

二、被告「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求める。

第二、請求の原因

一、交通事故の発生

原告はつぎの交通事故により傷害を受けた。

(一)  日時 昭和四〇年一二月三一日午前一〇時

(二)  場所 輪島市河井町四部一四七交差点内

(三)  事故車 普通自動車(三菱コルトバン)

保有者 被告

(四)  事故の態様 被告が前記交差点東北方面より被告宅前に向け右自動車の後部にある扉を上にひきあげたまま急にバツクしたため、折から道路横断中の原告の後頭部に右扉部分を衝突させたもの。

(五)  傷害の程度 原告は右事故により後頭部内出血の傷害を受け昭和四〇年一二月三一日から昭和四一年三月六日まで輪島市新田医院に通院して治療を受け、一時小康を得たが、三ケ月経過頃より後頭部の痛みが烈しくなり昭和四一年三月九日から同年五月三〇日まで七尾市神野医院に入院加療し、現在なお右痛みは治療していない。

二、帰責原因

被告は事故車の運行供用者であるから自賠法三条の責任がある。

三、損害

(一)  得べかりし利益の喪失分金三六二万三一〇〇円

原告は本件事故前塗師職をして一ケ月二万五〇〇〇円の収入を得ていたが、受傷により仕事をすることができなくなつた。前記後頭部の痛みは後遺症として治癒の見込なく将来も仕事が出来ないが、さし当り昭和四〇年一二月三一日から、昭和五七年一二月三〇日まで一月二万五〇〇〇円の割合でホフマン式計算により中間利息を控除した三六二万三一〇〇円を請求する。

(二)  治療費 金四万九〇八〇円

右は神野病院の入院治療費である。(なおその余の治療費は原告が受領した自賠責保険金三〇万円を充当した。)

(三)  治療に要した交通費 金七万九五六〇円

(四)  慰謝料 金一五〇万円

原告は右受傷のため職を失い、かつ頑固な頭痛に悩まされこれによる情神的苦痛が甚しいので慰謝料として一五〇万円を請求する。

四、前項の損害金合計は五二五万一七四〇円となるが本訴においてその内金二〇〇万円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和四二年四月一三日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による損害金の支払を求める。

第三、請求の原因に対する答弁および抗弁

一、答弁

(一)  請求原因一項中(一)ないし(三)は認める。同(四)は事故車の後部扉が原告の頭に当つたことは認めるがその態様は否認する。同(五)のうち原告が新田医院に通院、神野医院に入院加療をなしたことは認めるが、その余は争う。

(二)  請求原因第二項中被告が事故車の運行供用者であることは認める。

(三)  請求原因第三項は争う。

二、抗弁

(一)  本件事故は、原告の故意または過失により生じたものであつて被告の過失に起因するものではない。原告はその主張の日時、主張の場所を歩行中、被告が乗つて停止していた自動車の後部窓ガラスにみずからその頭部をぶつけたものである。

被告は、後方確認のため、上下に開く後部ドアの上部を上方にあけて事故車を後進せしめ交差点に入つていたところ婦人の歩行者がその後方を横断して通過したので、停止してその通過を待つた。その直後原告が輪島駅方向から本町方告に向つて歩行して事故車に接近してきた。そして前記の上方にあけられて地面とほぼ平行になつた事故車の後部ドアの下の位置に来たところで、原告はうつむけにしていた頭部を起し、下方から事故車の後部ドアガラスにその頭部をぶつけた。

歩行者といえども道路の通行に際しては、その進路前方を注視し、停止している自動車との衝突を避けるべき注意義務がある。原告の前記衝突は、原告の故意によるか、そうでなければ右注意義務に違反し漫然歩行した過失に起因するものといわねばならない。

被告には停止中の自動車にぶつかつてくる歩行者を避けるべき注意義務はない。

(二)  事故車には、当時構造上の欠陥も機能の障害もなかつた。

第四、抗弁に対する答弁

抗弁(一)は否認。同(二)は不知。

第五、証拠〔略〕

理由

請求原因第一項中(一)ないし(三)は当事者間に争いがなく(四)については〔証拠略〕によると、被告が事故現場交差点内で、事故車の後部扉を上にひきあけたまま、市道二三二号線を川端町方向に向け、後方を充分確認せずに後退を開始したために、折から同車後部付近を横断歩行中の原告を発見してすぐブレーキをかけたが及ばず原告の右後頭部に事故車の後部扉右側角部分を衝突させたこと、被告が原告に気がついたのは発進直後であり、発見してから停止するまでの距離は約一・二メートルであることが認められる。

(五)については〔証拠略〕によると原告は本件事故により右後頭部打撲症の傷害を受け、昭和四〇年一二月三一日から昭和四一年三月六日まで新田医院に通院加療していたが次第に頭痛が激しくなり、昭和四一年三月九日から同年五月三日まで神野病院に入院し、その後同病院に昭和四三年四月二日頃まで通院加療(その間昭和四二年一二月一三日から同月一九日の間同病院に入院)していたこと、現在なお頭痛、倦怠感等の自覚症状が継続していることが認められる。

請求原因第二項のうち被告が事故車の運行供用者であることについては当事者間に争いがない。

つぎに請求原因第三項について判断する。

〔証拠略〕を総合すると、原告は新田医院において事故直後レントゲン写真検査を含む診察、昭和四一年一月一八日に金沢大学整形外科で診察、その後間もなく金沢市都外科で診察、同年二月一八日に金沢大学脳神経外科で脳波検査を含む諸検査、同年三月九日頃神野病院で脳神経学的諸検査(腱反射、眼底検査、脳脊髄液検査、脳の造影写真、脳波検査)を受けたが、いずれの結果も異常所見なく症状はすべて原告の自覚症状のみであること、その自覚症状は神経症的なものばかりで、賠償性神経症が強く疑われる症例であること、同神経症は原告の特殊な性格気質(神経質で他人を容易に信用しようとしないそれ)に基因するものであることが認められる。そうすると原告に主観的に頭痛倦怠感があり、そのため就業ができないとしても、そのことによる損害をすべて被告に負担させるのは相当でなく、右の点を考慮すると原告の後遺症は自賠法施行令の後遺障害別等級表の一四級の局部に神経症状を残すものに該当し、労働能力喪失割合は一〇〇分の五、その喪失の継続期間は一年とみるのを相当とし、それを超える分は本件事故と相当因果関係がないものと考える。

〔証拠略〕によると、原告は本件事故前に一ケ月二万五〇〇〇円の収入を得ていたことが認められるので一ケ年間に失つた得べかりし利得は一万五〇〇〇円となる。

つぎに治療費と治療に要した交通費であるが、〔証拠略〕によると、原告は治療費として新田医院へ四万九〇八〇円、神野病院へ二二万円余を支払い、それに交通費を含めると治療のために三〇万円を超える支出をしていることが認められるが、前記の如く賠償性神経症の疑いが強いことを考慮し、そのうち一五万円が本件事故と相当因果関係があるものと認める。さらに慰謝料であるが上記認定の諸事情を考慮し、三五万円を相当と認める。

被告の抗弁中被告に過失がなかつたとの点は本件全証拠によつてもこれを認めることができない。

なお弁論の全趣旨によると原告が自賠責保険から三〇万円受領していることが認められる。

結局被告は上記認定の原告の損害額合計五一万五〇〇〇円から既に受領した三〇万円を差引いた二一万五〇〇〇円およびこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四二年四月一三日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による損害金を支払う義務があるから、原告の請求を右限度で認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 北沢和範)

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